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大阪民主新報2月28日分 「大阪の教育現場の実態は」

2月28日号に掲載された私の寄稿です。
題して「大阪の教育現場の実態は」。JPGで画像を見て頂いていますが、スマホなどでは読みにくいというご指摘もあり、このページにも載録しています。






大阪ウォッチング④

大阪の教育現場の実態は

大阪維新の会が去年5月の住民投票や11月のダブル選挙期間中に「維新の力で大阪の教育は良くなった」という宣伝を繰り広げました。私は一貫して反維新(反新自由主義)です。余りにも嘘の多い常識はずれの戦術を駆使するやり方に、「信用できない」という「皮膚感覚」を持っています。

維新の宣伝はこうでした。
「私たちの施策で教育予算をこれだけ増やした」「今までできなかったことに手を付けた」。そんな類のものです。予算の実現した部分だけを取り出し、ことさら「手柄」であると訴える手法でした。しかも「お金を使った」という数字を詳しく比べると、むしろ総額では教育予算は減っていたという笑えない話が現実です。

金額面以上に私が心配しているのは、大阪府と大阪市で可決された教育行政基本条例などの底に流れる力の思想です。公権力や行政府の長による教育現場介入は、何があっても避けなければなりません。

しかし残念ですが、「改革」の名の下、強権的な手法で教育現場に切り込む姿に「拍手喝采」を送ったり、すぐに成果を出すのが当たり前だという風潮に流されたりしている人も多いようです。

『普通に』ものごとを考えてみませんか。教育にとって教師の存在は大事です(当たり前)。教育とビジネスは違いますが、経営者にとって「良い人材」を集めたいと思うのも当たり前です。教育だって同じでしょう。

大阪の教育現場では、前回も書いたように「大阪パッシング」(大阪素通り)が既に起きています。大阪で教育者になりたいと思う優秀な教員志望の学生には「大阪は薦めない」という雑誌の特集があったのがもう2年以上前でした。それが改善された兆しはなく、むしろ状況の悪化が心配されます。大阪は『普通に』先生を目指す人たちにとっては魅力がないどころか、避けて通るところになってしまったのが現実です。

公募校長制度がもたらした弊害も計り知れないほど大きなものがあります。歯を食いしばって残っている優秀な教師も多くいると聞きますが、その人たちの負担が更に増えるという悪循環も容易に想像できる、いや既にそうなっているという悲鳴も聞こえます。

そんな中、大阪ならではの意地を見せてくれている学校に出会いました。関西テレビ制作の「みんなの学校」で取り上げられた大空小学校です。本来公教育に必要なものは何か。多くのことを訴えてくれます。

写真は大阪スポットの通天閣(大阪市浪速区恵美須東)
浪速区といえば通天閣。周りに高いビルが建って、寂しい…どころか、間違いなく大阪のシンボルタワーの一つ。子どもの頃、父親に連れて行ってもらった近くのジャンジャン横丁。串カツ屋は観光客であふれています。
以上

大阪民主新報2月14日分「公教育が目指すべきもの」

大阪民主新報2月14日分「公教育が目指すべきもの」 隔週連載の3回目です。










「公教育が目指すべきもの」

2008年橋下知事誕生以降、教育を巡る様々な話題が発信されました。国歌斉唱口パク教師チェック、公募校長の相次ぐ不祥事、桜ノ宮高校の体罰自殺を巡る入試中止発言、その流れは「教育行政基本条例」として議会を通り教育施策が進められています。

教育といえば、「ナカノシマ大学」のキックオフイベントで鷲田清一、内田樹、釈徹宗各氏と中央公会堂でシンポジウムを開催、140B社から「おせっかい教育論」として出版したのが2010年10月。大阪という「街場」と「大阪人」が織りなす様々な機微を各氏が披露。後日、語りつくせぬ思いを改めて話し合って一冊の本になったものです。市長をしていた私にとって「公教育」の目指すべき方向性を示してくれたと感じていました。

それがきっかけとなって神戸女学院大学の内田樹教授(当時)に大阪市の特別顧問をお願いしたくだりは本の巻末に書いています。内田先生は就任記者会見で「学校教育に政治と市場原理が介入すべきではない」といわれたのを記憶しています。

教育が目指すべきものは善良な市民を連綿と生み出していくためのものである。確か内田先生が言われたと思いますが、多様性を認め合いながらお互いを思いやる気持ちを長い月日をかけて涵養していくことが目指すべき姿。このスタンスが大好きです。

2014年の9月には同じメンバーで「街場の学びが目指すもの」(インターネットのユーチューブに動画有)というシンポジウムを開催し、大阪市教育委員長をされていた長谷川惠一さんにも生々しい話を聞けました。

色々な立場の方の「総意」を求めるのはとても難しいことだと思います。この間大阪では行政トップの派手な言動や、働く人たちに対する恫喝ともとれる強制力の行使、学力テスト問題など枚挙にいとまがないほど「介入」が進んでいます。

その結果として現場がどうなっているのか。住民投票が終わった後、京都大学大学院の藤井聡教授が「豊かな大阪をつくる」というテーマで連続6回のシンポジウムを開催。一回目、大阪大学小野田正利教授の「7年余の破壊から立ち上がる人々を支えたい~『大阪の教育の明日を考える会』の代表として」というお話はマスメディアが表層的に伝えるものとはかけ離れた「教師の逃散」「なり手不足」「教育大学の大阪パッシング」という恐ろしい現実を浮き彫りにしました。次回に具体的な内容に触れます。
(大阪民主新報2月14日号)

6月4日に開催された「豊かな大阪をつくる」シンポジウムでの小野田教授の資料です。
なお、シンポジウム全体のホームページはこちらです。

民主新報1月24日分「大阪ダブル選を振り返る」

第2回は1月24日号でした。
タイトルは「大阪ダブル選を振り返る」です。


「大阪ダブル選を振り返る」

去年のダブル選挙で「維新政治よさようなら」という運動を展開した私には、その結果に大いなる失望を感じつつ、なかなか立ち直れない気分でいました。選挙に関わった方たちにはそれぞれの感慨があるでしょう。私の「失意」は「幅広い戦線で戦えない選挙戦」の実状からくるものだとずっと思っていたし、近い人たちには思いを選挙戦序盤から漏らしていました。

実際に選挙戦に入ってそのことを口にすることは、自ら支持した陣営のマイナスになると封印し、結果が出た後も控えていました。
私は自らの経験から、首長というのは一党一派に属さず、多様な意見を集約し多くの方に納得してもらう施策を職員と共に、市民、府民を交えた議論で進むべだと思っています。

柳本、栗原両候補の人となりについては、選挙期間前から府民、市民のために働ける人だという信念で心から応援していました。しかし、残念ながら自民党府連の「自分たち(自民党)だけで勝てる」としか言いようのない戦術で、5月の住民投票で見られた大きな広がりを自ら閉ざしてしまったやり方に大きな不満と不安を抱えた選挙戦でもありました。

自民党と共産党が手を組むなんてありえない…そういう批判を連日繰り広げた維新陣営の「野合批判」に、同調するかのような府連会長の発言に、自民党支持者以外の人たちの選択肢をどう考えているのかと大きな疑問を持ちました。

住民投票は「大阪市をなくすな」という、政党とは関係のない次元の話でもあり、特別区設置協定書のいい加減さをある程度理解した人たちや、「何も急がなくてもいいのでは」という消極的反対票を入れた人たちの広がりの結果でした。

「都構想」なのか「副首都構想」かはっきりとはしませんが、政令指定都市という地方自治制度の中途半端さを突かれ、住民投票後に府県集権主義とでもいえる自治とは正反対の意見に肩入れするテレビコメンテーターの発言ばかりが流布した影響もあるでしょう。

一方反対票運動を展開した陣営では「大阪市が残った」ということに安堵しきって、「大阪市廃止・分割」が可決されていれば酷い状況になったという具体的検証が展開できずにいたのではないかという反省もあります。

10年先、20年先の大阪の姿を地方自治の代表選手として描ききることができれば、目先の「資産を売り飛ばそう」という陣営に抗することができたのではないかとも思いますし、そういう意味で今後の議会の進み方を見たいと思っています。

大阪民主新報の記事に関して

いつも書き出しがお久しぶり…すみません。
最近は私のホームページ(HP) https://khiramatsu.com/ やフェイスブックが主な投稿先でした。

そこに今年の1月10日から大阪民主新報に隔週で寄稿している内容をアップしたのですが、紙面をスキャンしてJPGファイルを添付したところ、文字が小さくて読めないという方の反応があり、HPにはテキストを貼り付けました。

その紹介を「スマホなどで読めるように」と紹介したところ、HPがスマホ対応になっていないので読めないというご指摘を頂き、こちらに貼り付けることにしました。

まず、1月10日分です。


平松邦夫のおおさかウォッチング新連載「大阪の本当の良さを」

 皆さま、明けましておめでとうございます。平松邦夫です。今回からこのコラムを書かせていただくことになりました。

 2007年の大阪市長選挙に挑戦し、戦後初の民間出身市長として当選させて頂いたものの11年の再選を目指した選挙で橋下徹氏に敗れ、4年余りの月日が経ちました。この間の大阪の状況から見える世の中の動きに対する思いを、私が代表として立ち上げた「公共政策ラボ」。様々なシンポジウムやセミナーを開催しながら訴えてきました。

 しかし、昨年11月の大阪ダブル選挙では大阪維新の会の松井知事の再選・吉村新市長の誕生を見ました。5月17日に行われた大阪市の廃止分割を判断する住民投票から半年と少し。あの1万741票差でのいわゆる「都構想」否決から少ししか時間が経っていないにもかかわらず、ダブル選挙では余りにも「維新」の強さが際立った形になってしまいました。私の訴えが力及ばなかったことへの悔しい思いと共に、大好きな大阪の今後を見守る上でも何らかの発信をしなければと思っていたところ、コラムのお話を頂きお受けした次第です。

 ダブル選挙結果を受けて、一旦は消すことができた政令指定都市大阪市の「廃止」に向けた動きが、姿を変えてまたぞろ復活することも予想される流れになっています。

 私は第18代大阪市長として、財政難の中でも知恵を絞りながら大阪市民や、大阪で仕事をする人たちにとって、快適で安全な都市環境の達成と発展を目指す動きこそが行政の目指すべき姿だと思っていました。市民の方々の中を走り回ることで、大都市の抱えている行政課題を協働して解決していく道を探ることに、市長としての醍醐味も感じました。

 市民の思い全てに応えることはできないことは重々承知の上、多くの方たちに現状を知ってもらい、ある程度納得していただける施策に落とし込んでいくという時間のかかる作業こそが、民主主義を守り育てるという思いでおりました。

 地方自治のみならず、日本の現状を見るにつけ、「ポピュリズム」といわれるテレビなどマスメディアを抱き込んだ「世論」形成がもたらすものが、本当に市民、国民のいのち、暮らしを守ることに繋がるのかどうか。進取の気風溢れる大阪ならではの過去の取り組みの数々は、時代背景こそ違えど私たち大阪人の底に流れるものであると信じていますし、そんな大阪の本当の良さを多くの方に認識してもらいたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

お久しぶりです。

オフィシャルホームページへの投稿はこの間続けていましたが、こちらのブログに関してはご無沙汰でした。

住民投票へ反対票をという動きに全力を尽くしておりましたので、なかなか更新できませんでした。
このブログを今後どう展開するかなどオフィシャルページとの関連性も含め、考えさせて頂きます。

過去の記事でオフィシャルページやFB、TWなどでももう一度見て頂きたいと思うものについては、再出庫することもあると思います。

どうぞよろしくお願いします。

住民投票は「大阪市廃市」「5区分割」案の是非を問うもの

「5月17日に全てが決まる。」

大阪市の未来がかかった住民投票であることには違いありません。
しかし、この投票結果がどうあれ、絶対に「都」にはなりません。

いわゆる「都構想」と呼ばれるものの根拠法は、正式には「大都市地域における特別区の設置に関する法律」ですが、これのどこを探しても「都」なる文言は出てきません。

大阪市の「廃市」「5区分割案」の協定書に対する住民投票は「都」になる投票ではありません。

にもかかわらず、昨日の産経新聞書き出しは「大阪都構想の賛否を問う住民投票」。昨日の日経は「橋下徹大阪市長らが掲げる「大阪都構想」の賛否を決める住民投票」。今日の毎日新聞の地方版見出し「大阪都構想:賛否で街頭活動 維新と自民、隔たり大」

各報道機関にお願いです。「大阪都構想の是非を問う住民投票」という言い方は事実を歪曲するものです。今回の住民投票はあくまでも「大阪市廃市」「5区分割」に賛成か反対かを問うものです。

いわゆる都構想に反対する人間が「デマ」を流していると否定する人もいるでしょうが、上記のように
・「都」なんかになるはずはない。
・「大阪都」という名乗りすらできない。
・いくら住民投票で賛成多数という結果になっても、「都」となるわけではない。
・どこまでいっても現在の法律では「都まがい」以下のもの。
・大阪都○○区という呼称すら名乗れない…というのが真実です。

自民市民(自民党市会議員団の広報紙)から

おはようございます。「都構想」なるものの欠点については色々なところで既に具体的に検証されています。市会議員団として連続してアピールを続けているのが自民党市会議員団。ホームページには広報紙第9号から昨年暮れの15号までが並んでいます。http://jimin-osaka.com/jo/?page_id=1805

広報紙の内容についてはきちんと検証されているはず。HP上では2012年からのその時々のテーマについて大阪市を廃止することの危険性を指摘し続けているが、こうした情報に触れる人が少ないのだろうか。印刷物としても新聞折り込みなどで手元に届くような努力がなされているでしょう。

政令市大阪市を廃止し「新大阪府」となった場合の問題点を、4月統一選、そのあとの住民投票までに、具体的に多くの人たちに知ってもらわなければと思います。

「わからないけど、今より改革されるんだろう」という思い込みを持たれている方も依然多数おられるのではという危機感に駆られています。