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「NEWSゆう+」朝日放送12月15日放送の「どく断度」研究

市長になって3年という区切りで、例によって新聞・テレビ各社からインタビューを受けました。その際に準備の都合などもあり、事前に取材項目などをあらかじめ出して頂くようにしています。これはこちらがきちんと準備の上対応したいという思いと、「3周年インタビュー」でこの3年の成果やできなかったことなどを各社なりの視線で取り上げて頂こうという思いからです。

各社均等に時間割をし、大体20分程度で済んだのですが、これからご紹介する朝日放送の取材は、「3周年インタビュー」というこちらが受けた条件とかなり異なった展開となり、かつそれが「堀江のどく断」というコーナーで「アナウンサーを卒業せよ!」と題した刺激的な形で放送されたものでした。

今回、こうした内容をブログに上げるのに、市役所側の認識と、取材者側の認識にずれがあったことが分かり、役所の報道課と朝日放送の担当者との間で、事前、事後にやりとりがあったようです。曰く「取材内容の変更については事前に要請し了解を得ている」というABCに対し、「他社にも3周年のインタビューということで受けているのに、対維新の会という色合いが濃すぎる内容には応えられないと伝えた」というものです。

なぜ、「アナウンサーを卒業せよ!」という刺激的なタイトルをつけたかについては朝日放送の報道(あるいは堀江記者)の認識として、私の過去3年間の姿と取り組み方がそう映ったという判断なのでしょう。敢えてアップしたのはコメントの使われ方について、実際の放送内容と、取材時の私の受け答えを再現(つまり編集が入らない状態)することで、マスメディアの切り取り方を皆さんにみてもらいたいと思うからです。

40分のインタビュー全ての内容はまた後日ブログでお届けするつもりですが、余りにも長くなりますので、第1回として「アナウンサー」という文言に限って、構成します。私が聞かされていなかった「どく断」コーナーでの取材ということもまた知事が出演した12月1日の内容も見ていない状態でのやりとりがあり、取材の最後の段階で、あまりに3周年インタビューとは違う内容に私から苦言を呈した部分がこのタイトルになったのだと推察します。

放送の最後はこうでした。

ナレーション
40分を越えるインタビューの最後に、橋下知事を取り上げるメディアの姿勢に苦言を呈した。
~~市長応接~~

(橋下知事は)確かにメディア受けするし、ワンフレーズ、キャッチコピー作ること、うまいかたですが。あの、歴史的にそういう言動がもたらした過去の遺産、負の遺産っていうものが数多くある。メディアの食いつき方が間違ってるっていうのが、僕の今の感覚なんですよ。

~~市長応接室ドアの前~~

平松市長
私の場合はアナウンサーだった。それはご存知だと思いますが、その、タレントとは違う。で、無責任な発言をぼんぼんぼんぼんできるっていうタレントで許してしまってるのはメディアなんですよ。


ナレーション
アナウンサーだから無責任に話せない。平松市長はそう言って部屋をあとにした。

~~スタジオ~~

堀江キャスター 【テロップ「平松市長に求む!アナウンサーを卒業せよ」】
この、メディアの食いつき方が違うんじゃないかという平松市長の考え方というのは、私たちもちゃんと受け止めなければならない大切な言葉だとは思うんですね。で、一方でアナウンサーだから無責任な発言ができないっていうことなんですけれども、これは、アナウンサーという仕事をやった人間だったら、橋詰さんも小縣さんもわかると思うんですけれども、取材した人であったり、記者であったり、番組の考えであったり、みんなの意見を調整して自分の考えもまとめて、わかりやすい言葉で伝える。そこには局アナである以上、中立・公正というのが保たれる、こういうことですよね。

橋詰アナ
そうですね。やっぱり自分だけの考えでぽんぽん何でもしゃべってもいいっていう立場ではないですよね。


小縣アナ
ただ、今は「元アナウンサー」ですけども、今は市長ですから、その元アナウンサーにそこまで縛られる必要は今はないんじゃないかとは思うんですけどね。

堀江キャスター
まあ、私の感想なんですけれども、インタビューしていて、今、例えば関西州の話でも、各自治体の長であったり、あるいはその、各政党というようなところの考え方であったり、これを今、すごく調整している、みんなの考えを聞いている、そこに重きを置いてらっしゃるんじゃないのかな、そして理想を追求されてるんだなあというような感じがするんですね。

小縣アナ
まあ、等距離、調整も大事ですけども、その上になんかこう、自分の意見、イメージはどんと具体的に出してほしい感はありますね。

堀江キャスター
まあ、つまりその、独裁的にやっている橋下知事と正反対の位置にいるということを、自分はおっしゃりたいんだと思うんですけれども、ただ、小縣さんおっしゃるように、理想を追求するためにはちゃんとしたリーダーシップっていうのは当然ないと、飲み込まれてしまうんじゃないかという、そういう危惧を私どもは持っているわけなんですね。
で、市民はやはりメディアで培った発言力とか、発信力とか、そういうものを期待して市長に当選させたというような背景があるんじゃないかと思うんです。
だけれども、ちゃんと大阪のビジョンていうのを私たちに、それこそわかりやすい言葉で伝えていただきたい。
そこで、あえてもう一度「ドク断!」です。
 『アナウンサーを卒業せよ』
プロの市長としてのコメントというのを、私たちは期待したい。
実は3年前、市長候補時代の出陣式のときの模様を、あらためて見てみたんです。
日本のリーダーとして大阪の名前に、大阪の存在感を打ち出していきたい、そのために立候補しますという話だったんです。心意気、いいじゃないですか。

橋詰アナ
ちゃんと夢を語ってらっしゃったんですよね。

堀江キャスター
そうなんです。残りの在任中も、さらに夢を語りながら、具体的な方策というのを見せていただきたいというふうに感じます。
「ドク断!」でした。



という内容でした。
ところで実際のインタビュー内容は当然長いのですが、我慢して読んで下さい。以下のようになります。青字が放送された内容です。

市長
いえ、それが、ひとつの方向性だから。あの、今日の取材を受けて朝日放送さんが大阪をどうしたいと思ってらっしゃるのか。大阪市に本社がある朝日放送さんが、大阪市をどう思ってらっしゃるのか、大阪市民がどうあってほしいのかみたいな部分を、軸をお持ちなのかなという疑問は感じました。確かにメディア受けするし、ワンフレーズ、キャッチコピー作るかた、作ることうまいかたですが。あの、歴史的にそういう言動がもたらした過去の遺産、負の遺産っていうものが数多くあるっていうのをご存知のマスメディアが、こういうことをお続けになること自体に対して不思議だなあって思いながら答えさせていただきました。市民の皆さんどうお思いでしょうか。

堀江キャスター
難しいんですよ、伝え方はね。難しいからこそ、アナウンサーだった市長がですね。

市長
私、間違ったこと言ってませんよ。

堀江キャスター
いや、違うんです。だから、そういうものに対してどう対峙するのか。戦うというよりは、同じ土俵に乗らないにしても、しっかりと何かをPRして、それにメディアがワッと食いついていかないと、なかなか伝え方が難しいわけですね。

市長
いや、あの、メディアの食いつき方が間違ってるっていうのが、僕の今の感覚なんですよ。


堀江キャスター
いや、わかってますよ。だからこそ、だからこそ、その間違ったメディアを間違ってるというのではなくて、こっちに来いっていうのが、アナウンサーだった平松さんのお仕事ではないんですか。

市長
あのね。違うんです。違うんです。違うんです。それは違うと思います。僕はメディアの矜持ってどこにあるのやと。むしろ。むしろ私は伝える側にいましたから、自分の局なり番組を持ってる軸ってのはどこにあるというもので判断します。その、「わー行けー、みな行けー」いう部分を「ちょっと待て」っていう人がどこにおるいう部分で、いつも判断したいというのを、実は豊田商事事件のときに、現場にいた記者と当時の報道部長との間のやりとりを見ていて、自分自身の物事を伝えるっていう部分で、踊らされてはならない部分っていうのをしっかり教えてもらったという気がしますんで、皆さんが私を踊らせようとしているのか、皆さんが踊っているのかという部分がいつか分かるときが来るでしょう。はい。そう思います。

堀江キャスター
市民が判断するということですか。

市長
市民なり、いろんな方が、歴史が判断する。

堀江キャスター
長時間ありがとうございました。

市長
いえ。というか、事前にいただいていた内容と全く違う構成に、こういう構成であるということは聞いてました?

大阪市報道課長
いえ、聞いておりません。

市長
だから、それならそれで私としても、知事が見たビデオ、あの、知事が出たビデオを見ないといけないですし、見てなかったんで、どういうトーンで報道されたのか、放送されたのかって知らないまま、逆に目隠しでわたしはインタビューを受けたという印象が否めません。ですからこういう発言があった番組に対して、今度、市長が3年目という形でインタビューをしたいんですと、おっしゃっていただければ、我々としても素材は用意したでしょうし、この、今書いた「反大阪市分割構想」というような文言も、もっと考える時間があったと思います。だから、これはフェアーじゃないと思う。むしろやっぱり知事に寄っているという風に判断されても仕方がないんじゃないかな。で、放送局がその、今のままのスタンスでいいんですかっていうのは、僕は放送局の力知ってますからケンカしたくないんです、正直。あの、放送局に睨まれたくないし、ケンカしたくないけれども

堀江キャスター
あの、平松市長ね、あの、今回のことは別に橋下さんのインタビューに対してっていうことでは無くて、平松さんの今やりたいこと、考え方を引き出したいと。

市長
違います。いや、違います。いや、だから比較になるわけです。どっちにしても。

堀江キャスター
いま流れとしてはそうなってしまいますよね。はい。

市長
比較になる場合は、比較材料になる元、オリジナルを、こちらが知っているのか知らないのかというのは、非常に大きな要素。で、同時に二人が同じ場所で話をするんであれば、それはもう何のハードルも無いんですけれど、以前に、知事はうちの番組121日に出てこういうことおっしゃったという前提からこの

同席したA記者
それはご理解いただけないのはそういう発言があったというのは

市長
わかります。わかってます。

A記者
そういうことではないですので、あくまで平松市長のお考えをぜひ。やりたいことをお聞きしたいので聞いた

市長
いや。でも、話の7割くらいは知事の発言対私。あるいは大阪維新対私であって、私の3年何をやったかっていうものは、ほんのちょっとであったことは印象としてあるわけです。

A記者
あぁ。なるほど。あ、そういう印象ですね。

市長
だから地域懇談会にしろ、それから地域振興会にしろ、大阪市の不正であるとか不祥事だとか、といったもの私がどうやって取り組んできたか。この不祥事が散々たたかれてることを、私自身は「よっしゃ。よう出てきた。」思ってやってますから、今は。出てくるだけの大阪市は組織になってるし。大阪府には無い、公益通報制度、公正職務審査委員会の厳正なやり方というものがあるから出てきていると。これを広くほかの自治体の人たちが見て、大阪府内ほかの自治体にも全部同じような公正職務審査委員ができれば、もっともっと山ほどいろんなもん出てきます。


堀江キャスター
その出てくるのはしっかりやってるから出てくると。

市長
そうなんですよ。

堀江キャスター
ええ。

市長
それに対して、不祥事の再発防止っていう部分でも、今日本一番厳しい服務規律持ってますから。あの、悪いことした人間をどんどん全部追い出していく、いう形で今やってるんで。あの私の3年に対するインタビューっていうことでお受けしたんで、例えば、先日橋下知事に出てもらった。それを見て、見たうえで3年を振り返ってほしい、ということであればそれなりの準備をしただろうにと。これだけ、時間オーバーして次の社待ってますけども、これはやっぱり自分自身、取材を受けながら、もう内心煮えくり返る思いで、お答えさせていただいた。そういう部分をおわかりいただいているのかどうか。朝日放送って、もうちょっとしっかりした基準を持ってらっしゃったはずやという部分で言わせていただきました。

A記者
わかりました。ご意見はしっかり承っておきます。

市長
はい。お疲れ様でした。ほんまにね、メディア敵に回したくないんですよ、正直。メディアを味方にしたいけど、で、おっしゃるそのアナウンサーとしての表現力とか、発信力という。私の場合はアナウンサーだった。それはご存知だと思いますが、その、タレントとは違う。で、無責任な発言を、ぼんぼんぼんぼんできるっていうタレントで、その、何でもいいからやる、光市の事件だって同じやないですか。最高裁までいってどうなるんかわかりませんけども。ああいうことを弁護士が言うということ自体を許してしまってるのはメディアなんですよ。

A記者
あの、ご理解いただきたいのは、3年間の橋下さんとの関係の中で、今こういう大阪都という局面を迎えているというところで。

市長
全部をね、うちも録音してますから、起こしたら、どういう状況になってたかってのは皆さんもおわかりいただけるはずですよ。これは並んで話を受けているときから、ちゃんと感じてることですし、元メディア出身ですから、メディアっていうか放送局出身ですから、取材意図はどこにあるのかなとか、そういうのは、わかりながらお答えしているという部分を是非ご斟酌ください。

これで「アナウンサー論」ということの誘導加減が分かって頂けると思います。


一方、121日の知事インタビューのタイトルは細部は違うかも知れませんが「大阪都構想完成目前」というものでした。この取材を受けたあと録画をチェックして分かりました。確かに最後のスタジオ部分で、「卒業せよ!」といった強いニュアンスを弱めようとされているかの印象は受けますが、この部分以外のやりとりはとても3周年インタビューというものではなく、「対大阪都構想」もしくは「対大阪維新」というものだったと感じました。いずれ、別の部分のアップと全体もアップさせて貰い、マスメディアの編集方法というものを実感して貰おうと思います。

なお、このブログは字の色を変えるためと、近々公式ページの移設を考えてますので、bloggerに書き込みました。

2010年9月30日(木) 2ヶ月近くのごぶさたです


ツイッターこそ書き込んでいるものの、酷暑の夏が過ぎ、一気に秋の訪れが感じられるようになるまで、2ヶ月近くこのブログに向かえませんでした。今も、多くの懸案を抱えており、家に帰ってからもじっくりPCに向かいながら、自分の思いを記す時間的、気分的余裕もありませんでした。

8月に一度も更新をせず、9月が今日で終わるということで「9月は書いたよ」というアリバイ作りのブログになってしまいそうです。(あらかじめお詫びしておきます)フォト交差点も更新頻度が下がったことから、現在工事中となっており、公務での動きや写真については大阪市のホームページ「市長のうごき」に掲載されていますので、またそちらを覗いてくださいませ。

http://www.city.osaka.lg.jp/johokokaishitsu/page/0000047160.htmlがそのURLです。

7月22日に中国人の入国後すぐの大量生活保護申請についてのブログを書いて以来ですが、このときは厚生労働省が新たな判断をしてくれたことのご報告でした。その後、法務省、大阪入国管理局の方針待ちという状況が続き、9月21日に入管から「在留資格取り消しに向けた意見聴取」に乗り出すという報告を受けて、その意見聴取の結果を待っているところです。

生活保護行政特別調査プロジェクトチームのこの一年は、行政の縦割りを少しでも崩し、機動性を心がければ、日本一生活保護受給者が多いという行政体ならではの、制度の抜本的な見直しに向けての動きに繋がりつつあります。その過程で矛盾を感じながらも制度にのっとった作業をせざるを得ず、悔しさを噛みしめながら仕事を続けた職員や、漫然とその日を過ごし、自ら考えることをせず「こなし」てきた職員もいることが浮き彫りになってきました。

2年9カ月の市長経験の中で、大阪市の至らなさ、大都市であることに胡坐をかいて、直接行政としてきちんと市民と向かい合ってきたのかという点で、首をかしげたくなるような事例も数多くあります。その一つ一つをきちんと整理しなければという思いも日一日と強くなっています。


この間、知事との意見交換会や、一方的に代表(知事)だけの意見を報じるバラエティ番組に対する思いなどもあり、2本の番組にも出演して私の思いというものをお話しました。

一方で、大阪維新の会代表としての橋下知事の発言は、大阪都なのか、分市なのか、区の独立なのかまた、誰のために、何のためにか分からないブレ方にも思え、地方分権の本旨は何処へいったのかという思いがつのります。

また、マスメディアの一部で、軸が定まらない大阪維新の会代表の発言を単に報道するだけという姿勢が多く見えるのも残念でなりません。大阪市だけを標的にして府の財政破綻の現実から少しでも目をそらそうという作戦だとすると、折角「府市あわせ」と揶揄された状況から、府市協調を進めようという当初の歩み寄りが何だったのかという、まるで狐につままれたような感覚に陥ることもあります。

私は長い「府市あわせ」な関係を少しずつでも解きほぐしていけると思っていますし、そのことが本当の意味での関西復権に繋がるとも信じています。去年のこの時期には、多くの大阪市民から「二人で頑張ってや」という応援を頂いたのが、今年春の御堂筋オープンフェスタの時には「あんたら仲ようしいや」という声に変わり、最近、多くの区民祭りでは「負けたらあかんでぇ」という声が数多く聞かれるようになりました。

勿論、私にそういう声をかけてくれる市民は、知事の圧倒的な人気の高さに比べれば少数であるのかも知れません。でも、確実にその数は増えているとも感じています。そうした市民力こそが大阪を支えてきた底力であるし、民が主役という大阪ならではの歴史と伝統であると思います。

今後も様々な機会に変わりつつある大阪市の発信を心がけます。トップページにツイッターでの私のつぶやきを見ていただけるようになっていますが、私だけのつぶやきなので「意味不明」の部分もあるかと思いますが、@hiramatsu_osakaがアカウントですので、また覗いてみてください。

2010年7月22日(木) 中国人生活保護申請問題について


7月22日に開いた「生活保護行政調査プロジェクトチーム」(以下生保PT)で、6月末からこのブログでもその経緯を書かせて頂いていた、「中国人大量生活保護申請」について「既に支給しているものも含め、生活保護を留保する」という一定の方向性を示しました。

当初、新手の「貧困ビジネス」かと疑われる可能性もあったため、担当部局も全容を把握していない段階で「公表」することによって、次に続く恐れを絶ちたかったという気持ちでした。

その後、様々なメディアの報道などによって、この問題の複雑さについてはご理解頂いている方も多いようですが、「中国残留孤児の家族」と思っていたものが実は「中国残留邦人の姉妹の家族」であったことなど、混乱した部分もありました。

生保PTは生活保護制度の抜本改正を訴え続けている大阪市として、法の不備により悪質な貧困ビジネスを締め出すとともに、不正受給の実態調査や、不自然な診療費扶助の実態を浮き彫りにして、国にこの問題をきちんと理解し、一刻も早い改善に向けて動いて欲しいという思いから、去年9月に立ち上げたものです。

6月30日のこの欄にも書かせて頂いたように、このPTの取り組みは、大阪市に対する生活保護の濫給批判や審査が甘いといった、長年にわたって多くの人に刷り込まれた認識に対し、「制度の矛盾に対する具体的な提案」といわば「大阪市の名誉回復」に向けた一貫した動きです。全ての自治体の先頭に立って、この制度が今のままでは日本人の勤労意欲であるとか、納税意識という部分が溶解してしまうという危機感からです。

厚生労働省に対し、大阪市がどう対応すべきかという質問を出していましたが、21日にその回答が寄せられて、その内容から今回の申請については入管の調査結果が出て新たな方向性を決められるまで「保留」し、既に支給している人たちに対する8月分の保護費も「保留」するとしたものです。

そうした経緯は、厚労省からの回答と共に既に大阪市HPにもアップしています。

http://bit.ly/cAVaxq

今後は入国管理局の調査を待ちますが、定例会見でも触れさせてもらったように、この問題に対し生活保護制度ではなく、国としてのきちんとした見解や方針を早く示していただきたいと思います。

2010年7月 2日(金) 入国管理局との話し合いに関して


「6月30日付のブログで「緊急発信…中国からの大量生活保護申請に関して」と書かせて頂いた、中国残留孤児で大阪にお住まいのお二人の親族として、多くの方たちが来日以降日にちを置かずに生活保護申請をされた件についての続報です。

大阪市は現在、生活保護行政特別調査プロジェクトチーム(PT)を作り、「貧困ビジネス」などの摘発に繋がる情報を現場から集め、警察など関係各所の協力を得ながら、この制度が持つ様々な問題点を国に訴え続けている折から、今後大きな課題となるのではと感じ、入管の審査に疑問を呈したものです。

健康福祉局では6月24日に入国管理局に対し問い合わせを行いましたが、PTが開かれた29日の時点では回答が届いておらず、集団申請が続いていることに現場から対応に苦慮しているという話を聞き、この事態を緊急発表させて頂きました。

その後、当市職員と入管の担当者との電話で「認定は日本国籍を持つ人の親族という身分に基づくもの」で「許可の取り消しはしない」という入国管理局の見解を受け、1日の記者会見で、法的に基準に合致しているのかなどの疑問を呈しました。

入国審査の際に、「入国を認めない」とする基準であるはずの「生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのあるもの」という基準に合わないのではないかというものです。そして、厚生労働省に報告し、法務省と今回の件について話しあって一定の方向性を出して欲しいと依頼していました。

2日午後、大阪入国管理局の方お二人が大阪市役所に来られ、健康福祉局理事、部長ら5人がお話を聞きました。そして、入管側の対応は既に朝刊各紙などで伝えられていると思いますが、「法務省と協議のうえ、今回の中国国籍の方の集団申請事案に関係する方々の在留資格の調査を改めて行う」という説明でした。

2日の夕方に市政記者クラブでこのことを報告し、「大阪市としては、大阪入国管理局の調査の結果も踏まえ、生活保護の適用についての判断を行いたいと考えています。」と発表したものです。生活保護手続きの関係などからできるだけ早く調査結果の連絡を頂きたいとお願いしました。

私は30日のブログの最後に「単に中国が悪いとか、排他的な動きに繋がることのないよう、是非冷静にこの制度の矛盾や、抜本改正がなされないまま、未だに続いていることも知って頂きたい」と書きました。

残留孤児と認定され、日本国籍を持って生活されている姉妹の親族を認定するに当たっては、当然、入管と中国側での情報交換はなされているでしょうが、そうした親族の滞在が「即生活保護申請」に繋がることに疑問を持ちます。やはりこうした残留孤児の中国籍の親族の方が「身分による入国」を認められた場合には、日本で生活していけるよう支援する仕組みがあるべきだと考えます。

生活保護法自体が憲法25条に依拠する法律であり、その事務を国から自治体が受託して実施します。全てが法的要件を満たしていても、保護決定をするまでには稼働世代に対しては「就労意欲」、「就労支援」など様々な方向性を模索し、自立につながる動きにならなければなりません。

しかし、受給者の多くが高齢化していることや、雇用状況の悪化、窓口の人材不足、他府県の都市から「大阪」へ対象者が送りこまれている事実などに加え、大阪市が全国に呼び掛けて「貧困ビジネス」なるものの実体解明や、不明瞭な医療費の現状に警鐘を鳴らし続けています。

国に対しては、全国知事会、全国市長会の連名で「新たなセーフティネットの提案」を平成18年の秋に出しており、その内容は、今、大阪市が訴えている制度の抜本改革に繋げなければ大変なことになるという方向性と一致しています。私が就任以降、何度も国に対して要望をしていますし、来年度予算要望でも最重点のトップに挙げています。

このリンクに「新たなセーフティネットの提案」の全文と概要版があります。お時間がありましたら、是非ご覧いただきたいと思います。

http://www.mayors.or.jp/rokudantai/teigen/181025safetynet/index.htm

2010年6月30日(水) 緊急発信…中国からの大量生活保護申請に関して


ツイッターで情報発信した内容をここにまとめます。

多くのメディアで既に情報が出ていると思いますが、中国から大量の入国者があり、入国管理事務所で「適正」と判断され、入国して数日後に大量に生活保護申請を受け、入国の条件や、役所の窓口では外国人から生活保護申請を受けた場合の対応として、昭和29年に出され、昭和57年に改正されたものの、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」に依拠しなければなりません。

その基準に合致している場合、調査期間を置くものの、大阪市では弁護士の意見を聞いたり、法に照らしたりしながら検討を加えた結果、入管で通ってしまったものについては、要件が整っていれば、受理せざるを得ない現実があります。

大阪市に対して「濫給が続いている」とか「審査が甘い」といった、多くの人に「刷り込まれた」対応ではないことを、この間、全ての基礎自治体の先頭に立って、生活保護行政の矛盾に取り組んできた大阪市のプロジェクトチーム体制が、私に的確な判断をさせてくれたという思いです。

ツイッターに我々の今日の対応を記しました。140字という制限があるツイッターでは何回かに分けてつぶやかざるを得ず、ここに今日私がつぶやいたことをまとめて記すことで、国や、関係機関の適正な対応を期待するとともに、全ての自治体が国民から預かった税金を「本当に困っている人を救い」、「悪質な業者を排除する」ことに一致団結して当たることが必要であり、大阪市はその先頭に立つ決意であることを皆さんに知って頂きたい思いです。

では、本日のツイートからそのまま貼り付けます。
中国からの大量入国、生活保護申請について1 在留資格の認定で「出入国管理及び難民認定法」での要件。「生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのあるものは上陸を拒否する」となっているにも関わらず、大量の外国人登録を認め、わずか3日後に生活保護申請しています(続く)

(1の続き) なぜ入管が上陸を拒否しなかったのか、審査の内容等、担当部署から国に確認させています。私自身が直接国へ赴くことも辞さないつもりです。
中国からの2 一方で、形式的には生活保護申請の要件を満たしていたことから、一部区役所で認定をせざるを得なかったものの、不自然な申請が相次いだことから担当局に報告、局から国へ事実関係の確認を申し入れ、対応を協議してきました。(続く)

(2の続き) 今日、改めて私から、「法務省から責任ある回答が出るまでは、同様の生活保護の申請は受付を保留する」よう全区役所等に指示しました。また、厚生労働者にも今回の事例を報告しており、今後、大阪市として毅然とした対応をしていきます。同時に全国へも情報発信しています。
生活保護制度の矛盾について、この間国に対し積極的に抜本改革をお願いし、基礎自治体としてできることをPTで他の自治体を巻き込みながら進めてきました。理不尽な税金の使い方を許してしまう制度、申請様式さえ整っていれば認めざるを得ない現場の無念さもあるんです。

しかし、今回の件は余りにも異常。本日のPTの最後にある区長からこの実態を知らされ、直ぐに対応しないと全国で同じことが行われる恐れもあると判断し、情報の全てを私が把握していない段階でもプレスに公表し、国、入管の対応に警鐘を鳴らしたかったのです。大阪市全区で本件類似は受付保留です。

以上が私がつぶやいた内容です。

全容をきちんと解明し、国や関係機関の対応を待っていては、さらに事態が混乱するという思いから、一歩も二歩も踏み込んだ決断をしました。是非、このブログをご覧になった方は、お知り合いのインターネットに繋がっている人たちに知らせて頂きたいと思います。この国がまさに根元から崩れようと、崩されようとしている。しかし、単に中国が悪いとか、排他的な動きに繋がることのないよう、是非冷静にこの制度の矛盾や、抜本改正がなされないまま、未だに続いていることも知って頂きたいし、現場対応をしているケースワーカーの全ての苦労を役所全体でバックアップする決意です。

2010年6月27日(日) 事務所移転やパーティのこと


前回のブログの最後に「次回は大阪市と大阪府が決定的に「府市あわせ」になった時代、(中略)不毛な論争を避ける方法を探りたいです」と予告しましたが、少し時間を頂いて、アップさせて下さい。

当選してすぐに平野町に個人事務所を構えていましたが、このブログでも書かせて頂いたように、選挙当初から手伝ってくれていた故高本所長の不在を受けて6月24日に事務所を移転しました。
〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目3番1号 いづみビル4Fが「翔の会」の事務所になりました。(現在は公共政策ラボ:(株)ウイズとして活動しています。連絡先が変わっています)

TEL:06-6948-5920 FAX:06-6948-5921 Tel:06-6809-3761 Fax:06-6809-3762

また、6月21日に大阪の中堅、中小企業を中心に応援頂いている「平松邦夫後援会」が役員会総会を兼ねて、2回目のパーティを開いて下さり、600人を超える方々にお集まりいただきました。第1部の講演会では京阪電鉄の佐藤茂雄CEOがユーモアを交えながら、「大阪」について熱い思いを語って下さいました。

そして、第2部のパーティでは「元気な大阪市民ネットワーク」(元気ネット大阪)で副会長も引き受けて下さっている、30年来の友人の鳳蘭さんが東京から駆けつけて下さいました。HPのトップページ「フォト交差点」にもその時の写真がアップされています。(1枚目の2ショットです)

以前から、パーティの際には「予定が合えば行くよ」と気軽に応えて下さっていたのが実現したものです。今回は役員会の総会を兼ねたことや、会場の広さなどで600人が限度ということでしたが、パーティ券の販売について苦労して下さったスタッフに聞くと、「鳳蘭さん」の特別参加ということが決まってからは、ツレ様ファンの方にもお買い上げ頂いたようでした。

その席上で10分のスピーチをする予定が、20分ほど喋ってしまいました。2年半の市長経験で、街頭犯罪、ゴミ減量、違法駐輪対策など確実に大阪市が変わりつつあること、一方で変わり方の発信が弱く、苦労していることなども話しましたが、やはり、府と市が協力して、できることからきちんと話し合いながら府市連携を進めたいという思いを語ると、どんどん予定時間がオーバーしてしまったようです。

7月1日に発行される市政だよりの真ん中のページに、22年度で一区切りつくこの5年間の「市政改革」の成果を特集しますが、是非市民の皆様に読んで頂き、この間の取り組みを知って頂きたい思いです。

また、これで改革は終わりではなく、新たなステージに向けて秋には大きな方向性を示すべく準備をしています。但し、今までの大阪市は全ての方針がある程度固まらないと発表しなかった嫌いがありますので、現場には大枠の方向性が決まったものは分かりやすい形で市民の皆様に伝える工夫をしようと指示しています。

大阪市という歴史も、文化も、人間力もある町が率先して「地域主権」のモデル都市となるべく努力するという気持ちには変わりありません。

2010年6月17日(木) 大阪"都”構想への思い…箕面市長倉田哲郎様


「ツイッター」って本当にいろんな情報が飛び込んできますね。去る6月1日に大阪維新の会のアカウント「oneosakaで知事が私に呼びかけてるよ」という情報が入りました。

調べてみましたら6月1日の午後5時42分にoneosakaさん(大阪維新の会のツイッターアカウント)が『維新の会代表の橋下です。箕面市の倉田哲郎市長が口の悪い僕に代わり、わかりやすく「大阪”都”構想」について触れてくれています。平松市長にも見ていただけたらなあ。http://blog.kurata.tv/article/38476530.html』というものでした。

その、およそ3時間後の午後8時35分に私宛の発信で『先ほど経済人維新の会で橋下知事と会い、ツイートして下さいとお願いしたら、返答義務があるように考えていまして実情不可能との事、既に体感している市長からも是非勧めて下さい。… 』とのこと。

内容の真偽については分かりませんが、ツイッター上で多くの方に見ていただいた情報です。この発信に対し『「代表の橋下です」というのは、きっと大阪維新の会のどなたかが書かれたのでしょう』というようなツイートを返信しました。

ツイッター異聞の3と言えるかもしれませんが、そこで本題です。

倉田哲郎箕面市長のブログも読ませていただきました。「大阪都」のことを詳しく解説されています。国での行政経験がおありなので、客観的なご意見を冷静に述べられていると思います。

ただ何箇所か実情を十分にご理解頂いていないのではと感じる点がありましたので、大阪市の実情をご紹介したいという思いを書かせて頂きます。

倉田市長のブログの文中「周囲との協調をまったく考えない大阪市」と「大阪市に手出しできない大阪府」という表現があります。

まず、「周囲との協調をまったく考えない大阪市」という点についてですが、よく知事が「大阪市は大阪市のことしか考えていない」とおっしゃっていることと同趣旨でしょうか。歴史的に見て、大阪市は圏域の母都市として、大阪全体の発展のための施策と責任を果たしてきたと思うのですが。

例えば、大阪地区の阪神高速道路の事業(空港線の延伸時にも)には府と同等の出資を行いましたし、今は堺市域の大和川線の事業も負担しています。そして関西国際空港へも、府の11%の出資に対し、市は5.5%を出資しています。また、昨年度、国の社会実験として半年打ち切りの予算で大阪市が始めた「救急安心センター」は、大阪府市長会の席上協力をお願いしたところ、今年度から応分の負担を頂きながら、現時点で16市による共同運用となり、その動きは府下全域に広がろうとしています。その他にも休日夜間診療所や総合医療センターは市内だけではなく府内の人たちの安心を支えています。

また「大阪市に手出しできない大阪府」という表現ですが、大阪市は、府が大阪市域に投資してくれることを拒んではいません(少なくとも私の任期中は)。

咲洲・夢洲のまちづくりでも積極的に大阪府の協力を求めています。一方「差等補助」の問題では、なぜ大阪市の子どもたちが、政令市というだけで他の市町村と差別されなければならないのか、大阪市域へ本来出るはずの府としての補助を渋っている理由がわからないので、「市政だより」などを通じて抗議してきました。大阪府は大阪市も含めた大阪府域全体の市町村のために働くことが本来の仕事ではないのでしょうか。

倉田市長はまた「「政令指定都市」というカテゴリーに入る大阪市は、都道府県レベルの仕事のほとんどを独自に扱うことができるようになっており、多くの分野で大阪府の権限は及びません。その意味で、大阪府と同格と捉えてよい」とも言われていますが、細かい点をチェックしますと、昭和31年に始まった「政令市」制度というのは「大都市制度」を求めた旧五大市の思いを暫定的、限定的に認めたもので、税制上の措置不足が存在することはご承知の通りです。

あと「東京都モデルの方が優れている。」とも書かれていましたが、これは東京が首都だから優れているように見えるのではないでしょうか。東京で暮らしたことがないので私には実感としては分かりません。モデルとされている東京では、現在の「特別区」について廃止すべきだという議論があるのはご存知だと思います。だって、世田谷区だけで政令市が作れる人口で83万人ですよね。こうなると知事がおっしゃってる30万人ほどの区に整理統合するというのは世田谷を分割することになります。

長い歴史があり、人々の暮らしを支えてきたコミュニティをどう守り、新たな息吹を注ぎ込むかという点が今、一番問われており、制度論ではないと思いますし、効率や、人口規模だけで地域社会に制度を押し付けることは自治の解体につながると思うのですが、いかがでしょうか。

次回は大阪市と大阪府が決定的に「府市あわせ」になった時代、大阪市は市域拡張を目指し特別市運動をしたことや、それを徹底的につぶしにかかった大阪府の動きなども含め、不毛な論争を避ける方法を探りたいです。

2010年6月13日(日) 拝啓、「大阪維新の会 松井幹事長様」…ツイッター異聞


これから書くことは、またまた誤解を招くかもしれないという思いと同時に、誤った情報の怖さを知る身として、書き留めたいという思いで書かせて頂きます。

実は、12日土曜日に大阪維新の会の皆様が生野区の補選に向けて街頭行動をされました。その街頭演説でさまざまな発言があったようですが、事実を事実として伝えたいという私の思いを、勘違いされているのではと思える松井幹事長(府議)のご発言についての連絡を友人からもらいました。

友人から電話「市長、ツイッターてなもんしてるの」

私「やってるけど、どうして?」

友人「実は大阪市の水道局職員の給料について、猪瀬(東京都副知事)さんに1000万円やなくて6百何十万かで、これのどこが高いと市長がいってると松井さんがいうてた」

私「えーっ!(絶句の後事情説明)」

発端はツイッターでフォローしてくださっている方には全てお分かりだと思いますが、6月8日に、あるフォロワーの方から、猪瀬副知事がツイッター上で大阪市の水道局員の給料が1000万円というつぶやきをされていたということからでした。

ツイッターの使い方を日々学習しながら、まさかという思いで猪瀬さんのツイートを見て、その後のやりとりを「討論」と取られないよう気をつかったつもりでした。

togetterというソフトを使って、この間のツイートをまとめてくださった方がありますので、一度ご覧ください。http://togetter.com/li/27912

猪瀬さんと私とのやり取りだけではありませんが既に4200人近くの方がご覧になっています。ネット社会の情報の伝わり方の早さと、マス・メディアによる「とらえ方」により印象が大きく変わってしまうという状態がよくお判りいただけると思います。途中でこのやりとりを批判されている方もありますが、それはメディアの伝え方に起因するのではとも思い、いい例だと判断しました。

私は事実を事実として伝えなければ、またまた「大阪市の改革は何も進んでいない」という、新たな「刷り込み」に繋がる恐れを感じたから、猪瀬さんに「何故そうなるのか」をお聞きしただけであり、「東京都より低い」とはいっていますが、職員給与についてこれでいいとも申していませんし、安い、高いという議論ではありません。

その友人は街頭演説での発言を録音してくれており、再度確認しました。すると松井幹事長は私がツイートで「678万しかもらってない」とつぶやいたといわれ(そんなつぶやきはと当然しておりません。ご確認ください)「市民のための役所に なるように大阪市政を変えていく、それが我々大阪維新の会です」ともおっしゃってたとか。

一方、マスメディアの一部では予想通り「バトル」とか表現されています。「対決図式」を好む今の風潮でしょうか。また「維新の会」の橋下代表の「敵か味方か」という判断基準をそのまま援用されているのでしょうか。まぁ、好意的に判断すると松井幹事長はこのメディアの伝え方しかご覧にならず、ツイッターでの生のやり取りを確認されていないのではないかとも思えます。

多くの人たちが橋下代表の人気の高さに思わず足を止めて聞き入るのは福島補選でも見られた光景です。恐らく、生野補選でも同じ作戦を取られるのでしょうが、引用される場合は事実に基づいた引用をされるべきだと思い、このブログのタイトルにしました。

松井幹事長は比較の対象として「大阪府の民間平均給与300万」ともいわれたそうですが、府議会議員として2期の経歴をお持ちの松井幹事長が公務員給与の決め方をご存じないはずはありません。また、府の職員給与については言及されておりません。20年度の府のHPで確かめたら、水道部の職員給与は693万ほど…(21年度ではもっと下がっていると思います)

維新の会の目指される政治とは伝聞でもなんでも、利用できるものはするという方向なのでしょうか。そのような政治が、本当に住民を信頼したものといえるのでしょうか。住民を信頼し、どんな不都合な情報でも開示する徹底した情報公開のもとにこそ、真の地域主権、市民協働があると考えます。

こんな議論をすることに何の意味があるのかとむなしくなりますし、もっとのびのびと将来の大阪像を語りたいものです。

1000万円以上という猪瀬さんのつぶやきを発端として、事実はこうですよとつぶやいたときにも、感情的になってはだめだよというのを自分に言い聞かせておりました。討論ではなく、誤った認識を正したいという思いだけです。

一連のやり取りの後、先日猪瀬さんから直筆のお手紙と、サイン入りの『東京の副知事になってみたら』と『ペルソナ』を送っていただきました。お手紙には東京都の改革をより進めるという決意が語られていました。お礼状をしたためようと思っております。

先日(11日)ユーストリームで配信させていただき、また市のHPで動画配信もしております定例会見で、項目説明の最後、記者質問の前に、こう申し上げました。

「府市協調して大阪を盛り上げ、元気にしたいと、そういう思いを依然、勿論強く持ち続けております。そういうことで大阪維新会代表の橋下さんではない、大阪府知事橋下知事とはいつでもお話をする用意はあるということでございます。」(http://bit.ly/fvHrGU の動画を見る、10分54秒から)

また、去年の10月21日、大阪府議会本会議場で意見表明をさせて頂いた際には「かつて大阪市が提唱したスーパー指定市構想に対して大阪都構想という理念のぶつかり合いだけの不毛の議論を置き、今こそ実質的に府と市が協調することで東京一極集中、中央集権制度に対する地方の存在証明につながる動きにしようではありませんか」と言わせて頂きました。

この気持ちはいささかも変わっておりません。

2010年6月 3日(木) ツイッターの2

ユーザーネームをhiramatsu_osakaに変えました。その方がshiminkyoudou(市民協働)より分かりやすいのではないかというご意見を多くいただいたことから変更したものです。

この原稿を書いている時点でフォローしてくださっている方が800人を超えました。お返事をしたい内容や、140字制限(これが素晴らしい着眼点でもあると思いますが)ではお返事しきれないことなどをこの欄に書きます。

早速、先日頂いたツイートを貼り付けます。
@nakasanzとおっしゃる方からです。

「おはよーございます。感じるのは、職場で私語が多いこと、例えばベビーカーをおしていても、職員はエレベーターの中で、しゃべり倒したあげく、先に降りていきます。一般の企業ではあり得ないことです。愚痴を言うばには使いたくないですが、どうおもいますか?

@nakasanzさんには、ブログでお話しますとお返事し、今日の更新となりました。こうした事実があるとすれば、恥ずかしい限りです。実はこうした件について市役所職員に向けた庁内ポータルの「市長雑感」というコーナーに一昨年の4月に書いた思いをご紹介します。そして、これは庁内向けに初めて「市長雑感」に書いたものです。

【市長雑感】
先日、某市役所を訪れた際のこと、職員とおぼしき女性が、エレベーターに乗ろうとした私に「何階ですか?」とごく自然に行き先フロアを尋ね、その階のボタンを押してくれました。
これは何も、私が大阪市長だからではなく、市役所に来られた方々に対する自然な対応として身についているものだと好感を覚えると同時に、ふと考えさせられました。「大阪市役所では来庁者に対してこういう対応ができているのか…?」
 
私はメディア出身ということもあり、市政記者の中には、取材をするだけでなく、逆にいろんな情報を教えてくれる方もいます。そうした中で、「本庁職員のエレベーター内のマナーが悪い」、「職員はワンフロアの移動にもエレベーターを使っている」という話を聞いたことがあります私は、「エッ、ほんま?」と思わず聞き返しましたが、これって本当なのでしょうか?
 
 「カイゼン甲子園」の取り組みでも、区役所が来庁された市民の案内に知恵と工夫を凝らし、市民サービスの向上に力を注いでいる事例をいくつか見聞きしましたが、記者の話が事実なら、これもカイゼンすべきことではないでしょうか?もちろん、その日の体調やケガなどの事情もあるとは思いますが、そういう目で見られていることも心に留めておく必要があると思います。
 
現在、大阪市を取り巻く情勢は非常に厳しいと認識しています。ともすれば市に対する不満やお叱りの声が聞こえる中で、我々職員は、来庁する市民の皆さんへの接遇態度、例えば、庁舎内で迷っておられる市民の方をお見かけした時に、こちらから「どこへ行かれますか?」といった声を掛けることが当たり前のこととして身についているかが気になります。
 
大きな市政から見れば些細なことかもしれません。しかし、市民の皆さんへの第一印象が違えば、市全体に対する見方も違ったものになりはしないでしょうか?皆さんのお考えはどうでしょう。(邦)
 
以上が雑感の内容です。勿論、全ての職員がご指摘のような接遇態度とは思いませんし、多くの方に見られており、自らは地方公務員として地域の役に立つためにいるという思いを持ってくれている職員も多くいます。
 
そして、市民の方に接する機会に「最近、市役所、区役所の雰囲気は変わりましたか?」と聞くことがよくあります。
 
そうした際に、市長が直接聞くわけですから割り引かないといけないとは思うものの、多くの方から「随分変わってきた」という反応を頂きます。でも、それを「たまたま」、「運悪く」そうした職員に遭遇したのだろうと身びいきに考えるのではダメだと思います。
 
まだまだチェックしなければいけないことが多いと感じ、さらに区役所での職員の態度については一番近くにいるのが区長ですから、区長の指導のもとで改善をはかって欲しいと今朝の区長会で伝えました。
 
@hotaru_yukataさんからも
「毎日通勤で地下鉄を利用するのですが、改札を通っても全く反応しない駅員がいます。目が合っても、知らん顔をされるときもある。会釈とか一礼くらいあってもいいのに。私鉄では、「ご乗車有り難うございます」と挨拶があります。
他の乗客との接客や用事に追われていて挨拶出来ないときもあるかも知れませんが、出来るだけ乗降客には挨拶するように心がけて欲しいなと感じています。きちんと挨拶する職員もいますが、全職員がお客様に挨拶をするように市長から伝えて頂けませんか?
 
というご意見も頂きました。一方、地下鉄の職員でお客様に親身になって案内や説明をしている光景も市長になる前に目撃したこともあります。
 
ほんの小さな心遣いや気配りがあらゆるところで見えることで、市民に対して「市役所変わってきたな」「良くなったな」と思って頂けるとしたら、本当の市民協働という部分が動き始めると信じています。それを大阪市の標準仕様にしたいものです。

2010年5月24日(月) ツイッター

shiminkyoudouというユーザーネームでツイッターを始めました。まだ完全な初心者です。PC自体は昔、Basic言語を独習したことがあります。また、95年からNYに3年間赴任してましたので丁度インターネットビッグバンの真っただ中をめまいがするような変化を感じながら過ごした時代にPCを道具として普通に使えるようになりました。

ツイッターというツールは、ブログの流行をさらに推し進めているようで、自らのHPを多くの人に見てもらいたいと思っている人にも当然のように人気があるようですね。様々な使い方をされているようで、当面は本来の「つぶやき」程度の投稿になるでしょうね。

なぜ、今ツイッターかというのは、このたび大阪市の特別顧問になって頂いた内田樹教授の「つぶやき」を読みたいと思い、アクセスしてから、自分も使ってみようかなという単純な思いでした。

さて、イリュージョンという言葉で表現させていただいた橋下知事の手法ですが、昨日の福島補選で「大阪維新の会」がおっしゃっている「大阪都構想」が支持されたという知事(いや、会の代表かな…この分離が難しい)のご発言が新聞にも出ていますが、2年半市長をさせていただいて、直接行政では仕方がないと思いながらも、時間をかけて懸命に改革を続け、市民で大阪市に様々な力添えをしてくださっている方とお話をする機会を持ち、「市民協働」での成果を少しずつ上げてきていると自負していました。

届かない情報は努力が足りないからとも思いますが、「大阪都構想」について具体的には公式に何も表明されていなかった維新の会が、今回の補選で配られたビラで初めて公式に大枠(これも具体的な方法論などは入っていませんが)を示されました。

これでようやく議論の糸口になると感じます。これまでも民放などの情報番組やニュースバラエティなどでは「(案)として入手した」というスタンスで放送されていましたが、私は中身が見えないと言い続けてきました。直接行政に携わりなおかつ歴史も文化もある大阪市という町を今後どういう形にされようというのか、いよいよ具体的な議論をさせていただきます。

幻想から何も生まれないと思いますし、地味だといわれても「地域主権」の主役は市民であるという信念から、時につぶやき(ツイット)、時にこのブログに書かせていただこうと思っています。

2010年5月 2日(日) あぁ、イリュージョン(2)


30日のこの欄で、28日の知事定例会見での大阪市財政再建計画を練っているという発言に対し、市長定例会見としては異例の反論をさせていただいたことや、なぜ今反論するのかについて書き、その参考資料として2月22日の知事との意見交換会の記録へのリンクを貼りました。(前回ブログ参照)

私の反論については新聞数紙に掲載されましたが、当然、メディアの編集を経るので記者会見のトーンと、自分が言いたかったこととはややニュアンスが変わることは往々にしてあります。

これについてはメディア出身でもあり当然のことだと思っています。編集権というのは第4の権力ともいわれるメディアの存在意義であるし、弱者の視点に立って、より大きな権力のチェックをするからこそ「言論の自由」が守られるという構造になっていると教えられました。

自らの記者会見を振り返って、「あぁ、言いたいことをどういえば新聞、放送の記者の方にこちらの思っている情報の出し方ができるのだろうか、一方であらゆる情報を出すからこそ、各紙、各放送局でニュアンスの違いとなって表れるのだ」と、両者を経験している板挟み心理に悩む部分でもあります。

なら、丸々そのまま(といっても音声状態とか生で現場にいる臨場感ではありませんが)ゴールデンウィークで、もし、ゆっくりされている方があれば、全国自治体ホームページランキング(※)で1800ほどある自治体の中で、1位になった大阪市のホームページにアップされている市長定例会見の動画をご覧いただければと思い、前回の続きとして書いています。

この会見で言いたかったのは、橋下知事がさかんにおっしゃっている「大阪都構想」や「ワン・オーサカ」という耳触りのいいフレーズに、「あぁ、面白そうや」とだけで反応すると、あとあと大変なことになりますよという警鐘です。

つい反応してしまった経験として、「小泉劇場」と言われながら、連日「ワン・フレーズ」を新聞、放送が大きく取り上げ、内容については「またあとで…」ということを正面からとらえることなく、多くのメディアがあおり、それによって多くの国民にあたかも「キャッチフレーズ」で全てが変わるという幻想を抱かせてしまった極めて近い過去の経験があるからです。

小泉元総理大臣といえば「自民党をぶっ壊す」といった過激な発言など、ひと言で決めることから、私も当時すでに報道現場にはいませんでしたが、放送局に勤めていたことから「メディアで使いやすい」、視聴者には「受けやすい」珍しい政治家だなと感じたことを思い出します。

ウィキペディアで小泉さんを検索したら、その政治手法について、作家高村薫さんが文芸春秋の2001年8月号に書かれた「宰相小泉の空虚な語法」という評論のことがでていました。下に貼り付けさせていただきます。(注:これは高村さんの原文ママではありません)

【「分かりやすいと言われる小泉語法の特徴は、『簡潔』『断定』『すり替え』『繰り返し』の四つだ」と指摘している。そして、「文節の短い、簡潔な言葉は論旨を単純化する。単純は『断定』を生みがちであり、簡潔にはいかない複雑で微妙な事柄については、『繰り返し』や『すり替え』が起こり、最後はあいまいなままに置かれる」と結論づけて、「国会の議論が小泉語法によって歪められた」】

この高村さんの評論を紹介した文章は、今の「大阪都構想」、「ワン・オーサカ」構想にそのままあてはまる印象を持つのは私だけでしょうか。

だからこそ、「大阪市の財政再建問題は大阪市で懸命に努力している、それよりも大阪府が抱える財政問題で、なかなか府民には見えない「減債基金」の取り崩しについて、まず検証して頂きたい」という気持ちがこの会見の中心だという思いでした。

またリンクを貼ります。大阪市のホームページで市長定例会見の4月30日の会見動画です。画面の下にスライドバーがありますので、その5分27秒の時点から知事発言への疑問を呈し、後ほどの記者からの質疑応答でもかなりの部分が府市問題で占められています。
大阪市HP市長定例会見へのリンクです。http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu010/movie/mayor/index.html

※なお、下のリンクは自治体サイトランキング(ゴメス・コンサルティングの調査)です。

http://www.gomez.co.jp/ranking/government/index.html

2010年4月30日(金) あぁイリュージョン(幻想)


本日(4月30日)の定例記者会見で、一昨日大阪府で行われた橋下知事の記者会見で話題になった、大阪市の財政再建案を考えているという発言や、その個々の内容に触れられている点に対して、今日の私の定例会見で「大阪都構想」をはじめとするこの間の知事の発言に対し、改めて疑問を投げかけました。

きっと、メディアによっては「全面対決」とか「大阪都は幻想(イリュージョン)と批判」といった記事が出るかもしれません。実は、今盛んにもてはやされているかのように見える「大阪都」なるものの実現可能性よりもまず、大阪府が一体どういった状況であるのかという視点をお忘れではないかと疑問を投げかけたものです。

大きな疑問としては、大阪府の財政再建の道のりでは、避けて通ることのできないはずの減債基金取り崩しの実態把握がなされていないことと、大阪市の改革がまったく進んでいないように信じておられる点があります。

今、大阪府の特別顧問に就いておられる上山信一慶応大学教授は、関前市長の時代に「市政改革」に経営的観点からお知恵をお借りした方であり、その時点で出されたマニフェストに沿って当初目標以上の成果を挙げることができました。地下鉄民営化問題以外は上山教授からも評価していただける進捗度合いであると思っています。

勿論、まだまだ手をつけなければならない改革は山とあると思いますし、それを今年の秋には具体的に新たな方向性として出させていただこうと思っています。

去る2月22日に市の公館で開いた知事との意見交換会で、大阪市から府に対する具体的な要望をしました。その答えは「指揮官が一人になったら解決する」という論調に終始したことを記録を見ていただければ判ってもらえるはずです。私が「大阪府市解体」の中身が見えないことに対して、知事は4月以降にきちんとした方向を出すといわれ、それが出た時点でもう一度話し合いましょうと合意しました。

ところが、大阪維新の会の綱領はでましたが、そこには「ワンオーサカ」を目指すということが書かれているだけではないでしょうか。具体的な「大阪都」の区割り案などについて、既に取り上げているメディアもありますが、知事が代表をされている「大阪維新の会」からの正式発表資料ではまだ出ていません。

今大阪府にとって大事なことは、府の財政再建にとって、あの5000億を超える、本来は積み上げていなければならない減債基金に何故手をつけてしまったのかという検証や、それを含めてこれからの税収減にどう対応するのかということを情報公開されるなど、まず府の財政の問題をきちんと見ることではないでしょうか。そういう意味でも上山教授という特別顧問を置かれているのですから、大阪市の財政再建よりも、是非足元をしっかりと見ていただきたいというのが、大阪市民であり、大阪府民でもある私の願いです。

2月22日の意見交換会では、まず私が市からの要望を4項目お願いし、それに対して橋下知事が一つの大阪になればすべて解決するという展開になりました。その会議録を大阪市のホームページに掲出しております。2時間近くにわたり、議論がかみ合わないままで終わったという新聞、放送の報道内容でしたが、このゴールデン・ウィークの期間、もしお時間がおありなら、かなり長文ではありますが、是非そのやりとりの全容を知っていただきたいとリンクを貼ります。
http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/cmsfiles/contents/0000069/69975/220222ikenkoukangaiyou.pdf
私は就任以来、地下鉄民営化を全面否定した覚えはありませんし、森之宮ごみ焼却場の問題についても「凍結発言」以降、全ての情報をきちんと出してきたと思っています。また、私が「外部の意見を聞こうとされていない」という発言は事実とはいえません。

知事の凄い発信力、発言の強さは意見交換会の記録を見ていただいても、この間の「大阪維新の会」立ち上げの際の発言でも十分承知しており、今年になって完全に軸足を「解体論」に置かれている背景には、一番影響力を行使できるはずの府の財政が抱える大きな問題から目をそらすイリュージョン(幻想)だといわざるを得ません。

是非、お互いがいろんな情報交換をできた初心に帰っていただいて、今できることをやっていただき、府市協調して大阪市民、府民の幸福を追求する動きにつなげたいという思いで書きました。

2010年4月27日(火) 平松事務所の所長逝く


元気メッセージというタイトルには全くそぐわず、しかも、私事に近いことを書かせていただくことを許していただきたいと思います。

平松事務所の高本正大所長が4月24日の午前、ガンの為亡くなりました。家族、近親者のみで26日にお別れの会が開かれ、故人の「無宗教で送って欲しい」という希望に添い、奥様が選んだ生前の高本氏を彷彿とさせる写真をモニター画面でのスライド形式で見ていただきながらの献花で、親しかった人たちに見守られながら63歳の人生のお別れ会でした。

私が市長選挙に出ることになったそもそものきっかけを作ってくれた(市長選を振り返った本「勝ってもうた」34ページに彼との出会いが書かれています)高本氏だけに、遺影を見ながら30年近くにわたる彼との付き合いを思い出さずにはいられませんでした。

今年の初めに母を送った時も、彼が何かと段取りをつけてくれ、諸事滞りなく済ませてくれましたが、その時には彼も気付かないうちに病魔が体を蝕んでいたのでしょう。発見が遅れ、精密検査の結果、手の施しようがない状態であるという最終診断が下ったのが3月初旬、それからの病室での彼は、医師も驚くほどの精神力で病と正対して、事務所のことなどを気にかけてくれていました。

もし、これを読まれて、彼をご存じの方がおられましたら、海が大好きで、賑やかなことが大好きで、若い時にはかなりやんちゃなこともし、それでも平松事務所所長として私のことを懸命に守ってくれた彼の冥福を祈っていただきたいと思い、しばらくご無沙汰していたこのブログを書いています。

大阪市長として一時の停滞も許されない市政改革と財政再建という大きな荷物を背負うことを承知で立候補、当選以来2年4か月以上走ってきましたが、その陰には様々な人々を紹介してくれ、また、彼の経験からくるセンサーで微妙なやり取りなどもきちんとこなしてくれていた所長がいました。

彼が亡くなる二日前に病室で「市長、お別れの会ではいつもカラオケに行ったときに最後に歌っていた「マイ・ウェイ」を弔辞の後で歌って下さい」と言われたときに「あほなこと言わんといて。そんなん歌えるかいな」といったものの、いつか彼を思い出しながら歌う日があると思っています。

そもそも知り合ったきっかけが、小さなカラオケスナックで知らない同士で笑いながらマイクの取り合いに近いことをしたことが、ここまでの付き合いになるとは…。

そして、彼と飲みに行ったときには、そろそろ帰らないとという時間になると、いつも「ではいつもの『止め焼香』に参りましょう」と促され、興が乗った時には披露させていただいていました。私が覚えている「マイ・ウェイ」は岩谷時子さんの訳詞といわれているもので、カラオケで画面に出てくる歌詞「今、船出が近づく~」とは全く違います。昔、鳳蘭さんから歩きながら教わった歌詞で、間違って覚えている可能性もあります(岩谷さんお許しください)が、その歌詞を紹介させていただいて、お別れの会で歌えなかった彼への詫びにしたいと思います。

  やがて私もこの世を去るだろう
  長い歳月(としつき) 私はしあわせに
  この旅路を今日まで生きてきた いつも私のやり方で

  心残りも少しはあるけれど
  人がしなければならないことならば
  できる限りの力を出してきた いつも私のやり方で

  あなたも見てきた 私がしたことを
  嵐もおそれずひたすら歩いた いつも私のやり方で

  人を愛して悩んだこともある
  若い時には激しい恋もした
  だけど私は一度もしていない ただひきょうなまねだけは

  ひとはみないつかは この世を去るだろう
  誰でも自由な心で暮らそう 私は私の道を行く

  合掌。

2010年3月28日(日) 続発する不祥事について


23日付で南港市場職員が大阪府警に覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕されました。09年度で何と5人の職員が覚せい剤取締法違反で逮捕されています。

言語道断…という言葉をここまで頻繁に使うとは思いませんでしたし、その言葉しか思い浮かばない状況であることは確かです。市役所としてこうした違法行為が後を絶たない現実を前に、何が一番有効な手段なのか、考えられるありとあらゆる対策を講じないと、本当に市民の信頼を取り戻すことは不可能だと感じています。

そうしたこともあって、停職期間の最高が3カ月だったものを1年まで伸ばしました。それと同時に、全く無給の期間がそれだけ長くなると、あきらめて自己都合退職を選ぶ不良職員もいるかもしれません。市民感覚からいえば、悪いことをして休職処分を受けても、懲戒免職にならないと退職金が支給されますから、その退職金の減額基準も厳しくして、公務員だからクビにはならないと高をくくっている悪質な職員に対し歯止めとしようと改定しました。

さらにはこうした職員に断固立ち向かうと同時に、現状把握をきちんとするためのプロジェクトチーム(以下PT)を立ち上げて、全庁的にチェックをやろうという体制をとりました。

当たり前のことですが市役所というところは、貴重な税金を市民のためにどうきちんと使うかということに全精力を注ぐのが本来の仕事であると思っています。市長になってすぐの不適正資金の問題や、続発する不祥事、そして負の遺産といわれるバブルの後遺症の後片付け、財政状況の悪化に加え、20人に1人という生活保護の実体と貧困ビジネス。数え上げればあきれるほどの負の側面ばかりです。

市長として市民に申し訳ないと思うと同時に悲しくもあり、また恥ずかしくもあります。

しかし、ここで強調したいのは、そんな中でも素晴らしい仕事を続けてくれている職員の数の方が圧倒的に多いということです。大阪市は「職員厚遇問題」であらゆる面からバッシングを受け、また、同和問題に絡む様々な不明朗なお金の流れなど、「どうしようもない見本」のように言われてきましたし、今もそういう目で見ている人は多いことでしょう。

そんな大阪市ですが、報じられている恥ずかしい事案とは全く別次元の「やりがい」に燃えている職員も数多くいるという事実をお知らせしたいのです。勿論、いいことをして当たり前の職員ですから、それが表に出る機会は不祥事とは比べ物になりません。

巨大な組織で、関西の母都市としての歴史やその責任感から、日本の福祉行政の先頭を切ってきたという自負があり、特に自治会単位での地域活動を積極的に推し進めてきた長い歴史がある街です。単純化していうと、巨大であるがゆえに責任を分担するために当然のように縦割りが進み、進みすぎたがゆえに組織防衛のみに走ってしまうという矛盾に満ちた過去があります。

PTという全庁的な組織は、今まで「よその局のことだから」という無関心で済ませていたものを、「大阪市役所」という同じ単位でまずものを考えるという、普通の感覚では当たり前のことに次元を移すことで、様々な障害を乗り越えることができるという「気付き」を生みつつあります。

西成区の萩之茶屋小学校そばの30数年放置されていた屋台の問題。街頭犯罪ワースト1の返上への確実な動き。放置自転車対策での地域との連携を含む取り組みの成果。ゴミ減量作戦への取り組みなど、少しずつではありますが大阪市民から評価を受けることをやらせてもらっている実感があります。

こうしたことを積み重ねながら、そして不祥事を起こした職員を徹底的に処分すると同時に、組織としてそうした不祥事を起こさせない職員教育もきちんと取り組んでいくことで、大阪市はきっとよみがえることができると思いますし、そのためにできることを貪欲に取り入れたいと思っています。そうしたことが「都市格」を上げることに他ならないからです。

市民協働という言葉は大阪という土地柄が持っていた、「おかみになんかまかせれられへん」という自主、進取の気風を今一度大阪の都市格として確立するための一歩であり、勿論、そこにはありとあらゆる市民と、その市民のために動く市役所の姿があることを信じています。

続発する不祥事、更には責任ある職場での大きなミス、まだまだ根絶するには時間がかかると思いますが、昔のように隠ぺいするのではなく、批判を浴びるであろう情報こそ「きちんと整理して」市民の皆様にお知らせし、職員の気付きへとつなげていきたいと思います。

2010年2月20日(土) 平成22年度予算案を発表しました

平成22年度予算案を発表しました。

多くのメディアが伝えてくれたように、緊縮財政の中で生活保護費が膨大に膨れ上がっている状況は異常としか言いようがありません。

大阪市が全国で一番生活保護受給者が多い現実は、随分前から指摘されてきました。そして、それは西成区、あいりん地域に極端な形となって表れています。20人に1人の受給者ということだけでも驚くほどの多さなのに、西成区では約5人に1人、あいりん地域では3人に1人という状況であるとレクチャーを受けました。

あいりん地域で見られる看板の多くに「生活保護相談受付ます」という類の、一見福祉援助に見えるものの、実態はいわゆる「貧困ビジネス」に結びつきかねない「業態」と受け取られても仕方のない状況が多々見受けられることなど、昭和25年から続いているこの制度の「老朽化」を見直す時期を逃してきたツケが今、大阪市をはじめとする各自治体に襲いかかっています。

去年の9月に生活保護行政特別調査プロジェクトチームを立ち上げ、国に対する制度の抜本的改革を要求するための研究や、現場サイドから上がってくる様々な矛盾の指摘をまとめる動きをとり続けています。

この立ち上げは、単に行政の効率化であるとか、市政改革であるとかという運用の矛盾を正したいという範囲ではない動きを、今しなければ、大阪ばかりではなく、日本がダメになると感じたことが私の大きな動機になっています。

一市民であったときに生活保護を巡る様々な矛盾については「うわさ話」として耳にすることはありました。曰く「あの人は昼間は極貧の生活をしているようだが、夜には御殿に帰っている」、曰く「生活保護で受けたお金をギャンブルにつぎ込んでいる」、曰く「なんで年金をかけてまじめに働いてきたのに、若いころ年金もかけず遊びまくっていた人が私より多くの生活保護費を受給できるのか」等々、数え上げればきりがない「うわさ話」です。

勿論、根拠も何もない、誰が何処でどういった証拠のもとに言っているのか分からない次元の話ですが、こうした「まことしやかな」話というのはマスメディアが伝えるよりも口コミで猛烈な勢いで広がるものです。

その結果、善良な納税者で、自らの力で社会に何らかの寄与をしたいと思っている人たちにとって、大阪市は何も対策を取らず、安易に生活保護を受けさしているという新たな「うわさ話」を生んで、マイナスイメージの連鎖になっているのではないでしょうか。

本当にマイナスの要因もあったのかもしれないというのは、現場で懸命にケースワーカーとしての職務を遂行したいと思っている職員の数が圧倒的に足りなくなって久しいという現実も一因かもしれません。そうした部分に手当をすべく、あらゆる知恵を動員しながら「生活保護は最後のセーフティネットである」ということを、今こそ国民すべてで再確認しなければならない事態であると感じるからです。

目先の利益に理性を失いバブルに踊り、今は見る影もなくなったが、過去には人の尊厳を重んじた国だったと語られるようにならないためにも、このプロジェクトチームが提起すべき課題は大きく重いと感じています。

その一方で、一基礎自治体ではあるけれど、日本の福祉制度を様々な面からリードしてきた大阪市の歴史があるからこそ、国に対して制度の抜本的な改革がなければますます目も当てられない状態を招くことを具体的な提案として発信し続けたいと思います。

2010年1月21日(木) 鷲田ソーチョウ、釈ジューショク、内田センセ

去年10月のブログに「ナカノシマ大学-キックオフイベントから」というタイトルで書かせていただきましたが、その際のシンポジウムに揃ったメンバーが、新年会という名にかこつけておいしい料理を頂きながらワイワイと「おせっかいな教育論」でも話し合おうということで今週の月曜日に集合しました。

メンバーは大阪大学鷲田清一総長、神戸女学院大学内田樹教授、浄土真宗本願寺派如来寺住職で兵庫大学釈徹宗教授というパネリストだった方たちにもう一度新年に集合をかけるという人も羨む陣容(と勝手に自分で言ってしまうことが価値を高める)でした。そして仕掛け人であり私の第1回後援会で第1部のトークのお相手をしてくれた江弘毅さんに、21世紀協会プロデューサーの山納洋さんが見守る中スタートし、あっという間の3時間半でした。

鷲田先生とは市長になってすぐに色々とお話しする機会があり、21世紀懐徳堂プロジェクトの一環としてナカノシマ大学の動きを「一緒にやりまひょ」と人懐っこい笑顔で言っていただきました。そうしたこともあり、「中之島」という大きな遺産を今後も精神的な支柱にしながら大阪の未来も当然ですが、人の暖かさ、素晴らしさというものを見つめ続けたいという視点が大好きで(ソウチョウにこんな言い方失礼かな)いつも心が暖まるお話をさせていただきます。

さらに釈撤宗先生の博学ぶりは鷲田ソーチョウ、内田センセも度々唸るほどで、これは10月1日のイベントの際にも往時の懐徳堂をまるで見てきたのではと思わせるほどの話術で会場を酔わせておられました。浄土真宗だけではないのでしょうが、読経の際の発声法だけのお話でもまるで宇宙が広がるようでした。

そして、もうウチダ「教」といっても過言ではないほど、内田樹先生の著書にはファンが多く(最新刊「日本辺境論」も大ヒットしているようです)、センセ(江さんが内田先生を表すときの表現ですがピッタリですので使わせていただきます)のブログファンも凄い数をカウントしているようです。

http://blog.tatsuru.com/

内田センセのブログを読ませていただいたら、その集まりのことが21日版に出ていたので、私も「自分のこの欄に書こう」と思ったので書き始めたものの、センセの文章とは当然比較にならないので、今日はHP「内田樹の研究室」を是非覗いて頂きたいという宣伝でもあります。

そんなこと言われないでもいつも見てるよという方、すみません。でも1人でもご存じない方がいらっしゃったらこれを機会に上記URLを「お気に入り」に登録されることをお勧めします。なにかふっきれないとき、迷ったとき、むしゃくしゃするとき、すっきりしたいとき、その時々の気持ちに何らかの方向性を考えさせてくれるセンセに出会えると思います。

2010年1月16日(土) ガラガラポン…?


12日に橋下知事が大阪府と大阪市の関係について記者団に「府と市の財布を一つにして」という府市合同、統合とでもいう方向性を打ち上げられました。

知事のこの発言については以前から何度か発信されていたように記憶しています。確かに二重行政という表現で言われている多くの行政の無駄は実感できるものが多々あり、橋下知事誕生以降の府市協調路線を進めていこうという私の気持ちとも軌を一にする部分もありました。

昨日の定例会見でこの一連の知事の発言に対し「早くコメンテーターを卒業して、大阪府知事として広域行政体の長としての責任ある発言をして欲しい」という意味でのコメントをさせていただきました。大阪府と大阪市の関係を巡って記憶に残っている知事vs市長のバトルというのは太田前府知事と故磯村市長の「大阪新都構想」vs「スーパー政令市構想」の論争です。

この論争のときにはお互いが一歩も譲らず、メディアの格好の餌食になる「絵空事」vs府側の「老いては」発言となり、現実的な府市協調路線というものを選択できませんでした。そうしたうわべの不毛な論争をもうやめて、実質的にやれるものから協力し合おうと思っていますし、去年10月に大阪府議会本会議場でWTCへの府庁移転をお願いする説明をさせていただいた際にもこのことを引き合いに出しました。

新たな地平に向かって動くというのであれば、もっと具体的なプランを、府の職員の力も総動員して練り上げ、広域行政体の長として大阪市、堺市といった指定市(これも府県と完全に対等の権限があると誤解されて報じられることが多い)以外の市町村に対する責任も含め、用意をした上での投げかけをして頂きたいという思いから、コメンテーター発言になりました。

報道によれば、知事は5月ごろまでに具体的なプランをまとめたいといい、特に来年春に行われる統一地方選挙に向け新しい政治グループを立ち上げるとも発言されているようです。こうなると府知事という職務と政治家橋下徹という住み分けをどうされるのかについても一定の方向性を出して頂かないと、府の職員はじめすべての改選府会議員、府下市町村の議員の方たちや有権者にとってもムードだけで自分たちの暮らしを支える地域主権を目指す大きな選択をしなければならないというのは「危険」ではないかと思います。

橋下知事の発信力、発言の影響力の強大さはいやというほど分かっています。だからこそその発言については慎重であってほしいと常々感じています。自分の「元気メッセージ」にはそぐわない内容かもしれませんが、敢えて「コメンテーター」発言の真意を分かっていただきたく書きました。

大阪市は確実に変わりつつありますし、その方向性として地域主権というものをしっかりと見据えながら新政権のもと、そのモデル都市としての可能性、矛盾などなどあらゆるものを包含している大都市だと言い続けている私としては、知事が単に「ガラガラポン」ではない、方向性を具体的に早く示して頂かないと反応すらできないという思いにかられています。

2010年1月 2日(土) あけましておめでとうございます


2010年が明けました。皆さま明けましておめでとうございます。

年末から年始にかけて厳しい寒さに見舞われていますが、「暖冬」という言葉や「地球温暖化」という言葉に慣れてしまっている身としては、冬は寒いのが当たり前だったはず。そういえば子どもの頃はもっと寒かったよねと思うのはやはり歳をとったせいなのでしょうね。

新年が明けるといよいよ22年度予算レクが本格化します。民主党への政権交代による政府予算案の方向性が決まるのが暮のぎりぎりまでかかったことから、基礎自治体としての大阪市の予算編成に関しても多かれ少なかれ影響を受けます。

市長になって丸2年が過ぎて、明るい展望を持ちたいと思っていても、この経済状況を好転させるための具体的な方策がなかなか見つけられません。構造的な矛盾、無駄が積み重ねられてきた制度の問題もあるでしょうし、あらゆる制度が中央集権、東京一極集中という現実の裏付けのもとで組み立てられているので、いくら地方分権に関する協議や委員会の勧告があったにしても、なかなか思うようにはいきません。

「ニア・イズ・ベター」というのが地域主権を表す際によく使われる言葉です。つまり市民に一番近いところが市民の思いをよりよくわかるということから言われています。では日本の場合の地域主権がどうあるべきなのかですが、これも具体的なイメージというとしっかり描かれてはいないような気もします。だからこそ、大阪市のような大都市をどう位置付け、活性化させていくのかという視点を早く見つけて、本当の意味での「地域主権」といえる社会を築き上げる方向性を探るには2010年という年は非常に大事な年になると思います。

生活保護行政について、国はこの大阪市という大都市で20人に1人が生活保護受給者であるという実態をどう捉えているのでしょうか。本来、ナショナル・ミニマムとしての制度が昭和25年以来大きな見直しもされておらず、「貧困ビジネス」などというわけのわからない言葉が横行する現実があります。その改善策や問題点を具体例を示しながら国に積極的に訴えかけられるのは大阪市であるし、そうしなければならないと思っています。

この制度が本来の目的とする「本当に弱い人たちを最後に守るため」の姿に戻さなければなりません。働くことの喜びや、そこから得られる社会とのつながりや、生きがいのある社会、安心して暮らせる社会というものからどんどんかけ離れていっているように感じるのは私だけではないはずです。

そう考えると、この間の大阪市の「生活保護行政」に対する大きな問いかけは、これからの日本の基本をもう一度見直さなければならないという訴えにつながっていくと思っています。今年こそこの制度改正に向けた取り組みを成功させたいですし、それが雇用不安に対する取り組みの強化であるとか社会保障制度への信頼回復につながっていくと思います。