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豊かさとは…暉峻淑子さんとお会いして


2月8日の「ラジオの街で逢いましょう」にご出演いただいた暉峻淑子(てるおかいつこ)さん。僅か1時間半ほどの時間に、暉峻先生の歩んでこられた道をお話しいただくということは無理だと分かっていました。

でも、初めてお会いした私にも関わらず、バブルがはじける前に書かれた「豊かさとは何か」以来、近著「社会人の生き方」に至る3冊で、常に金銭至上主義の流れに抗してこられた暉峻さんならではのお話が伺えたと思う。

折角頂いた命だから、その時間を有意義に過ごすために「社会」がどうあるべきか、「社会」にどう関わるのかを考えて行動するのが人間社会の「社会人」。

普通に「社会人」とは仕事についたら社会人、選挙権ができたら社会人…と狭い範囲に思いがちだが、「社会人の生き方」では、この感覚を広く寛く捉えてこそ社会人だと書かれる。

「社会は、歴史が積み重ねてきた、国境を越える知恵と経験の宝庫である。そこから何かを得、またそこに何かを付け加えることなくして、何の生きる意味があるというのだろう。社会に支えられると同時に、社会をより良く変えていく社会人の生き方の中に、未来への希望を見出したい。」(岩波新書「社会人の生き方」まえがきページⅳ)

私たちに植え付けられた「既成概念」の衣を脱ぎ捨てるにはかなりの時間と努力が必要だとは分かっていても、一歩ずつ歩みを進めなければ、この日本はどうなるのだろう。高度経済成長のまっただ中を団塊の世代として過ごした私にとっても、考えさせられることの多い、貴重な時間を過ごさせてもらったと感じた。

ラジオデイズでは「ラジ街」をツイッターで実況中継している。今朝、昨日の分の中継部分をtogetterでまとめてみた。 http://togetter.com/li/452756 お話の流れが一目瞭然。ライブで視聴された方にはお分かりいただけると思うが、来週金曜日に「ラジオデイズ」のコンテンツとしてアップされた時の参考にもなると感じる。

「サンタクロースってほんとにいるの?」という絵本の作者(文)でもある暉峻さんの真ん前で大胆にも「朗読」をさせて貰った。久しぶりに楽しんだ。

そして、最後にユーゴからの招待で阪神淡路大震災で被災した小学校2年生から大学生まで24人を連れてベオグラードに行かれた話になった。(岩波新書「豊かさの条件」p.158 被災地に届いた招待状)

番組の最後に当該書p.160-162の一部をハプニングで朗読させてもらった。ホームステイ先から白血病の子ども病院を訪ねた話である。病院を去る際に、訪問した子どもたちから起きた「ふるさと」の合唱の話である。初めて読んだ時に手が止まり、目がかすんだ部分をご紹介して番組を終えた。

暉峻先生、ありがとうございました。

ヒートアップ気味ですが…

マスメディアがいつまでも人気者だから追いかけねばと思っていたら、いつの間にか「単なる興味本位」で「また、アホなこというねやろ」という興味でしか見る人はいなくなる。

そんな次元に既に到達してしまった感がある「ある人」について、「みんな気がついている」という思いは、単に弱者(現在は)のマスターベーションに過ぎない。

向こうは力づくで、民主主義の時間がかかるあらゆることに、嵩にかかって攻め込んできている。

あなたは弱者、もしくはこの国をより多くの人が幸せを感じながら生きられる国にしたいと考えている人ですか。そうでなければ、強者の論理を展開されればいいし、もし、そうなら気付いた人の輪を広げないと、この夏の参議院選挙ではもっと勢力が増えてしまう。

別の首長選挙でも軒並み「維新優勢」だそうな。では、大阪維新が過半数を制し、中央からの指示で維新にすり寄った公明党と共に一昨年4月の統一地方選挙以降、大阪府のどこが良くなったのか。スピード感溢れる「大阪維新」ならとっくに成果は出ている筈。

「壊し屋」としての面目躍如なのはこの間の大阪市政・府政をみれば明らか。でも、壊すほど簡単なことはない。あらゆる利害関係者と透明性を保った上で調整するという気の長い仕事をするからこそ、専門的知識と、法律/条例に依拠し、利益至上主義でない市民に向けた行政ができる。

気付いた人たちの連帯の輪を広げたい。この限られたSNSの世界だけではなく、実際に生活している空間で、この認識を多くの人と共有し、その数が過半数を超えた瞬間に、あの勢力はいくらマスコミがもてはやそうと、もはや砂上の楼閣に過ぎず、少し押し寄せるだけの波にも飲まれてしまうほどの寄せ集めにしか過ぎない。

フェイスブックで「友達」増えることから…

「友達」急増について。
イベント案内がしょっちゅうくるようになりましたね。そして、オフ会でお会いした方との安心感というのは格別です。思想、信条は違っても、会話が成り立つという部分で、繋がりを感じられる。

とことん話し合えばどこかに着地点を見つけられる…行政というのはとことんの話し合いを、どれだけ透明性を確保しながらやり遂げるかであって、押さえつけ、脅し、逆らえば仕事まで奪うというスタイルは、行政が逆に指導しなければならないスタイル。

大阪維新の会には、教育基本条例といい、職員の政治活動規制条例にしろ、自分たちが如何に強大な権力を保持しているかを見せつけるパフォーマンスしか感じない。

人間としての繋がり方も、利益至上主義、金の切れ目は縁の切れ目的な浅さを感じるから、信用できないし、未来を任せる気なんか起きない。

そんな気持ちでいる人が増えないと、ますます「維新」という名の権力志向、国民無視、財界優先の時代がくることは明らかなのに。

もちろん、自己利益、自己責任、自分だけが安全な世界であればいいというかたは、「維新支持」も許されるのが民主主義である。そして、そんな人たちと真逆の価値観を訴える自由も保証されるのが民主主義。